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なんか色々言われているみたいですが、今回はスマートです。「日本の教育要綱に沿った教育をお願いします。」でファイナルアンサー。それ以上でも、それ以下でもない。
アメリカンスクールだって日本の高校卒業の資格をもらえるわけではない。しかし、日本の大学に進学できるように日本の教育要綱をクリアして、それ以上の教育を与えている事を売りにしている学校すらある。そういった学校の職員は、生徒の大学進学について不利益にならないように動いている。その努力を怠って、学校が悪い、文部省が悪い、というのはどうしてなんだろう?
そこに、いつもの「我々在日は差別されている」という在日自虐史感が入り、エキセントリックに反応をされると、「ああ、またか」と思ってしまう。正直、飽きた。
色々見ていると、昭和23年の阪神教育事件(阪神教育闘争)を持って、「日本文部省は民族教育を暴力で弾圧した。それは、今も変わっていない。」と言う人がちらほら。そもそも、この事の発端は、GHQの決定であって、GHQ統率下の文部省が独自の動きによって在日民族教育を迫害した訳でも、警官隊を突入させて発砲させた訳ではない。もちろん見方は色々あるだろうけど、日本人の自分から見たら「エキセントリックに反応し、暴動を起こした在日朝鮮人の大量のデモ隊を鎮圧した。とても言葉で分かってもらえるような状況でなく、警官隊・機動隊が出動する事態となった。その最中に警官隊・デモ隊双方に残念な死傷者が出た。」という事にしか見えない。そもそもの話の発端である「在日朝鮮人も日本学校で勉強するべきである」というGHQの決定自体は、今の規範では上野もおかしいと思うけど、その当時のGHQが制御できない在日コミュニティの把握や制御をする事を前提としていた考えれば、当時の規範では当たり前な(もしくは充分納得できる)内容であると思います。
その当時の事を色々と検討する必要はあると思いますが、その昭和23年の出来事を知らないだけで、「お前の様な無知な日本人は日本からいなくなれ」とか言われると、「恨の文化」云々を言わなくても、「暇ですね」と思ってしまう。言い返す気力もありませんです。
そもそも、その時のデモ鎮圧と、今回の受験拒否問題のどこに関連性があるのか?想像力があるのはいいことだけれど、あまりにも短絡的な想像でしかないのではないか?在日コミュニティから「迫害されている」という話が事あるごとに聞こえてくるけど、実際に迫害されている以上に「迫害されていると思い込んでいる」のが見ていて気分が悪い。そう言うと「朝鮮に36年統治され、その後60年たたなければ、私たちの気持ちは分からない」という人がいる。「そんな事できるわけ無いじゃん。」飽きてしまった上野には、それくらいにしか思えなくなった。
日本人は島国根性丸出しの人間が多い。上野もその一人だ。色々な理由は有るだろうけれど、その日本に住んで、子供を育て、その子供たちの成長を見守りたいと思っているのに、なぜ自分たちの住んでいる場所の流儀に合わせないのだろうか?「郷に入っては、郷に従え」ということわざのある日本に住んでいて、「お前たちが差別するのが悪い」と言われても、我々日本人には向こう半万年たっても彼らの要求は理解できないだろう。
今まで「不当な迫害」という甘美な言葉に酔い、自分達でできる努力をしてこなかった在日コミュニティの「大人達」は、自分の大事な子供達にその怠慢の代償を払わせている。それを単純に自分以外の第三者、特に「憎っくき日本」のせいにできれば、それがお祭り。2ちゃんねると本質は変わらない。
日ごろの鬱憤を晴らすために、「日帝36年」とか「戦後60年」とか「人種差別」といったペラペラな言葉を使って騒ぐだけ。元々は本当の意味で人種差別や偏見があるはずなのに、あまりにエキセントリックでヒステリックな反応に嫌悪感を感じ、反吐がでる。周りに合わせず、義務を果たさず、権利だけ言う人は、日本人だろうが、アメリカ人だろうが、上司だろうが、部下だろうが、2ちゃんねらーだろうが、嫌韓だろうが、在日朝鮮人だろうが、在日韓国人だろうが、大嫌いです。
以上、最近嫌韓から飽韓・冷韓になりつつある、上野でした。
p.s. 若干加筆しました。
