@yasuyukima さんに招集(?)され、「生活目線でがんを語る会」というものに先日登壇して参りました。
自分は2年前に母をスキルス胃がんで亡くしており、それと平行して自分がうつ病患者である事も合わせて皆さんに発表させて頂きました。
togetterまとめ: http://j.mp/gansmry
上野発表動画: YouTube その1 http://j.mp/ganrec21 その2 http://j.mp/ganrec22
発表中はあがってしまい(そうは見えなかったかも知れませんが)、姉がもっと治療のそばにおり、私のうつが再発した後インターネットでスキルス胃がんについて勉強し、スキルス胃がんの患者さんやコミュニティとアクティブに接触していた事を一切語っていませんでした。
まるで全部一人でやっていたように発言していて、聞いていてくださった方にも、姉にも申し訳ないと思っています。
色々と発言の中で語り直したい部分は多いのですが、この程度にしておきますね(苦笑)。
今回、この語る会に参加させて頂き、しかも登壇までさせて頂きました。@yasuyukima さんはじめ、運営してくださった方々、USTチームの方々、来場者の方々、USTで見てくださった方々、twitterでコメントを下さった方々、ともかく全員に感謝の気持ちを伝えたいです。この発表で、やっと母が亡くなったという事実を自分の中で消化できました。
以下、のりおさんに文章起こしをして頂いたものです。こうやってみると思ったより「で、」とか「あー」とか「えー」とか多いですね(苦笑) のりおさん、ありがとうございました。
=====
(やすゆき:それでは次、上野さんですね。
上野さんは実は昔の同僚なんですけども。
えーっと、お母さんがガン。)
はい。
えっとまぁ、そうです。
上野初仁(はつひと)と申します。初めまして。
私の今回はがんを語るという会なんですけども母がガンということ
あるんですけども、私がうつだということと
併せてちょっとみなさんにお話したいと思います。
家族構成なんですが、うちの両親は豆腐やを営んでいました。
で、両親の間に私と姉が生まれて、ま、私と姉それぞれ、ま、
できました。
で、姉と義理の兄の間に甥っ子が一人いるというような状態です。
で、実家までの距離なんけれども、
いうような所に住んでいます。
で、私と妻はですね、ま、これ、言っちゃうと、私が妻の家に
転がり込んだという、そういうことがありまして、実家まで2時間
かかるというような状態になっています。
ガンの発症前なんですが、
当時は小康状態になっていて、通院とか服薬はしてませんでした。
で、
部分もあり、常に高負荷な状態にありました。
ですが、いつ、うつが再発してもおかしくな状態でした。
で、睡眠障害が始まって、睡眠導入剤ですね、
ような状態になっています。
で、両親のことについてですけども、
いて毎年若干の問題、例えば、あのプリン体がちょっと高いとか、
をもうちょっとどうにかしろとかというような話は出てたんです
けども、特にガンに関する所見は発見されてませんでした。
で、母方はいつも脳梗塞で無くなるような家系で、
死因が多いと、ま、そういう遺伝的なものがありましたので、
自分はガンにならないというふうに思い込んでました。
えー、ガンの発覚直前なんですけれども、ま、
好きな母だったんですけれども、食事が喉を通らない、
れない、えー、食べた後に気分が悪くなると、
始めました。
で、父や姉が再三「病院に行け」と告げるんですが、ま、
楽だから、ま、大丈夫だよと、
で、そのうち体がやつれてきてですね、ま、
ました。
で、いくらなんでも問題があるんだろうと、
早めてですね。人間ドックを受けたところ、えー、
検査でガンの疑いがあるというふうな所見が出て、
ことになりますというふうに言われました。
ガンが発覚しまして、紹介された病院に行き、
で、私と姉が付き添いで行って病院に行ったんですけれども、ま、
途中で姉がいない場所で、
逸見政孝さんが受けたガンですね。
あのスキルス胃がんであるというふうに宣告を受けましたが、
胃がんであろういうふうにと思っていたので、
ありませんでした。
ただ、その後、姉が戻ってきて主治医から話を聞いた所、ま、
なった、ま、
で、その時点で、結果は母に伝えませんでした。
で、別の晩にですね、主治医から改めて私と姉で説明を受けて、
それこそ3ヶ月程度かもしれないというふうに言われました。
で、
になりました。
で、セカンドオピニオンを受けて、すぐにでも切るべきだろうと、
言われました。
で、闘病開始されるんですが、ま、
べきだと出たんですけれども、えっと、
ったんですね。
ま、体力が全くないと。で、体重、体力がない状態ですると、ま、
よって致死を招く可能性があると、
後伸ばしになるので抗ガン剤治療ができなくなる可能性が高いと、
に言われて、事前投薬療法というものを受けることになりました。
これは、あの、手術をする前に、
投薬ですね。
それを繰り返すと、いう療法です。
で、事前に投薬をして、
という形です。
で、食欲がないとか、
矢理にですね、飲むゼリーですとか、
体重とも回復の方向へ向いました。
一時はもう見た目全然そんなあの~、
ぐらいに回復をしていました。
この頃ですね、投薬で入院してた母に、ま、私と姉と、え~、
状態で、
もらった。と、いうことになります。
手術なんですけれども、これはあの、
レントゲンとその途中のレントゲンを較べて、
を測る必要があったんですけれども、
という、ま、これはミスですね。完全な。
ミスがありました。
で、そのため事前投薬療法が効いてるかどうかが分からなくて、
行う投薬を1回で取りやめてすぐに手術という形になりました。
胃の全摘手術はうまく行って、
で、術後も良好で退院後すぐにですね、ま、
ま、あの、町内会で行った、あの~、
多くて食べれないと言ってるところで一人でぺろっと全部食べてた
要はガンを取ったはずの、ガンじゃない、
人よりも食べ物を食べてたと、いうような時期もあって、実は、
もう無理だから、と、そのまま閉じたんじゃないのと、
言われてたらしいんですけれども。
実際はそんなことはなくて、ま、切ったんだけれども、
食べれたんでしょうね。食べてたと。
で、また、姉夫婦が、ま、
うちの両親を、ま、毎週のようにですね、温泉だったりとか、
連れて行ってくれてた。いうことが術後あります。
で、私の病気が再発してしまうんですが、当時、
というのが、主治医の言っていることを理解できるのは私だけ。
え~、理系の人間が私だけだったので、ま、
に行かなきゃいけないと、で、
で、母の見舞いに行きたいけれども、ま、正直、
あの、平日がもうついて行けないような状態だった。
で、ま、
あって、すごいプレッシャーを受けてました。
で、自覚をして心療内科に通い始めたんですが、
再発しまして、もう、
しまいました。
で、その後、さらに体調が悪くなってですね、入院ですね。
閉鎖病棟と言われるような病院に入院することになりました。
で、週末は外出許可を、要介護者をもらって母の所に行きました。
ま、要介護者の介護者はうちの奥さんになるんですけども、
毎週土曜日の朝に迎えに来てもらって土曜日の晩一泊をして、
日曜日の夕方に戻ってくるというような状態です。
ま、奥さんにはものすごい負担をかけたと、自分でも思ってます。
で、その後ですね。いいように見えてたんですけども、ま、
つまったということで黄疸が出始めてたんですけども、ま、胆管が
つまってるからカテーテルをつかってつまりを解消させる簡単な手
しましょうと、いうことで手術をしました。
で、実際、簡単な手術でうまくいったんですけれども、え~、
前日に病院に見舞いに行ったのがうちの母と会話をするのの最後に
なってしまいました。
え~、実際、母が亡くなったんですけど、
ほっとしてたんですが、次の日、母が強い腹痛を訴えて、腹腔内の
どこかからか大量に出血をしてそのまま危篤状態になってしまった
え~、完全な急変ですね。
で、ちょうどですね、
ども、そのままICU入りをしてですね、で、治療をうけた。
で、私の方の病院から奥さんに付き添いで外出許可をもらって、
病院へ行きました。
で、半日ICUの中で呼びかけ等をして看病したんですけれど、
自発呼吸がなくなって、ま、これ以上、延命はせずということで、
となりました。
で、
だったので、してもらいました。
え~、で、実際なにが原因だったかというと、
はじけて出血をしていたそうです。
で、
がとれてた。いうことで、胆管の手術が原因ではなかったと。
いうことになります。
ま、クオリティオブライフについてはなんですが、ま、
結局、3ヶ月といわれてたのが1年間生きられて、ま、
姉夫婦と旅行であるとか孫と遊ぶことができたりとかあと、
店ができたために、ま、これは自分のエゴかもしれないんですが、
クロリティオブライフは、ま、
その後なんですが、
ほんとは退院予定日寸前だったんですけども、
で、病院を退院して、社会復帰をして現在も投薬治療中です。
で、母は、父はですね、
一通り済むと急にやる事が無くなって老け込んでしまいました。
で、今は実家の方で元気に豆腐屋を再開しています。
で、母が亡くなって困った事というのは、ま、
どこになにがしまってあるのかとか、母の味のレシピがないと。
これはあの~、もう闘病生活に入っている人に対して、
例えば、カバンどこに入ってるの?と聞くことっていうのは、
トランスファーするっていうことは、
教えて下さいっていうふうに言ってることになります。
で、それでいま実際、困ってることはたくさんあるんですけれど、
ま、
見つけたとかですね。
で、ほんとはあの~、母の味の肉じゃがが好きなんですけれども、
もう再現できないので、
やっぱりちょっと違うなぁというようなこともありました。
で、最後ですが、してあげたかったことなんですけども、あの、
中華料理屋に一緒に食べに行ったことがあったんですが、
食べたいと言ったんですけれども、ま、
ということで来年食べようよと言ってその場では食べなかったんで
で、食べなかったことによって、ま、
で、本人も海外旅行したいと言ってたんですけども、
で、ほかいっぱい、ま、してあげたかったことってあるんですが、
叶わずというふうでできの悪い息子でした。
いうことになります。
(やすゆき:お母さんが亡くなったのは何歳でした?)
えーっとー、母が亡くなったのが63ですかね。ハイ
(やすゆき:で、実際、その1年ぐらいですね?
そうですね。はい。1年ちょっとですね。はい。
(ゆか:闘病してですね、
けれども、その症状がわかるのが上野さんだけということなんです
けれども、どのぐらいお母様にお話をされたんでしょうか?)
あ~。そうですね。あの~、結局、その投薬する順番であるとか
これをちゃんと食べてないとTS1で治療ができないであるとか、
ことから、あとは体力をつけなきゃいけないとか、
含めて、最初から最後まで教えてあげないといけない。
で、姉も聞くんですけど、聞いてわかったふうなんだけど、実際に
母に説明できるとか父に説明できるとかまで理解はできてないので
結局、
(やすゆき:最初にその、
お母さんが具合が悪くなって、で、お姉さんがいないときに
上野さんだけ、こう告げたっていうか、お話をしたわけですよね。
それはやっぱなんか理由があるんですか?)
いや、で、私は、どうも先生は私のほうがそれに順応しそうだから
(やすゆき:耐えられそうだから)
耐えられそうだから、私のほうに先にいって、先生のほうには
姉には私から説明しますからって言ってたんですけど、先生
ぽろっと言っちゃったんです。(笑)
で、そのまま卒倒しかけて、顔真っ青になっちゃって、
ちびまる子ちゃんのスーっていうあの状態になってしまって
(やすゆき:で、
何ヶ月っていうのではないんですよね?)
えーっと、スキルス胃がんであろうと
(やすゆき:
私は知ってましたし、姉もちょっとは知ってたというので
あの逸見政孝さんがなった病気だっていうのをどうもそれで
(やすゆき:わかっちゃったわけですね。)
で、そうすると、結局、彼の場合はすべての臓器に転移の可能性が
あるものは全部取ってしまって、で、最終的にその後の予後が
悪くてすぐ亡くなってしまった。
それは後で、なんか裁判沙汰になったらしいですけど。
ま、うちの母に限っていうとキレイに胃の悪い部分だけ、ま、全摘
ですね。悪い部分だけとれたと。
で、胃の2/3がスキルス胃がんに冒されてたという状態でした。
(やすゆき:あのお父さん的にいうと、
受けとけばよかったかなぁみたいなそういう反省とかあったり
するんですか?)
そうですね。もう、自分もあぁすればよかったかな。こうすれば
よかったかなというのはあるんですけど、やっぱり連れ添いが
なわけじゃないですか。そのうちの母。
だから、文句いいすぎたかなとか(笑)
あの、こんな店で一緒にやっててよかったのかな?とかも含めて
なんかいろいろこぼしてはいますね。
でも、なにかある度に、あれもしたかったね、
とは今でも、1週間に1ぺんは電話かけるようにしてるんですけど
で、父の方はそんな感じで言ってます。
(一般:あの、私も母がガンでまだ死んでおりませんけれども、
わずらって一旦あの小康状態になってますけれども、えー、一回
手術をされて、スキルス胃がんと乳がんですからだいぶ違うかも
しれませんが、そのあと結局、肝臓にっていうのが、
全然責めてるとかそういうんじゃ決してないんですけれども、
お姉様方とか、あの結局、
なってなかったのでしょうか?)
えーっと、いえ、もう分かっていました。
(一般:あ、そういうことなんですね。)
結局、あの、手術の際に、あの、あれですね。リンパ節をとって、
で、リンパ節のほうにすでに転移をしてので、ステージ4ですか。
その状態ですので、今とれて、キレイにとれたけれども、
行ってるっていうことは他に散る可能性はあるよと、いうふうには
先生から言われていて、で、見た目はキレイにとれたし、
ある程度とれたと。
でも、どうなるかはわかんないっていうふうには言われてました。
なので、あの、散ってたと、いうふうに言ってますけど、
散るっていう、ガンは散りますって言って、
言ってましたけれど、それが検視をして頂いた先生は曰く、かなり
散ってたと。レベルとしては。
で、たぶん、お母さんはものすごい痛みを生じてただろうと。
痛みを生じてただろうけれども、
ま、そういう負けん気の強いところがある人だったので、まぁ、
いうふうなところで、本来、
ということがありました。
(一般:ありがとうございます。
そうしますと、あの家族としてはなにかこう注意をしてあげる、
注意を見てたほうがいいようなことというのはございますでしょう
う~んと、そうですね。
私の場合は、
ま、少なくとも、自分も鬱病なんですが、
がんばってねっていうのっておかしいと思っていて、
わけじゃないよ!だから、がんばってるんですよね。とか、
ましょうねっていうのはわかるんですけど、あの、
に言われるのは私はなんかおかしい気がする。と。
ま、そんなようなのはありますけどね。
(一般:ありがとうございます。)
(やすゆき:今回、あの特に、本人ではなく家族の方として、
どう見るかっていうところがあるわけですよね。
はい。じゃ、時間も押してますので、上野さんでした。
どうもありがとうございました。)
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