@yasuyukima さんに招集(?)され、「生活目線でがんを語る会」というものに先日登壇して参りました。

自分は2年前に母をスキルス胃がんで亡くしており、それと平行して自分がうつ病患者である事も合わせて皆さんに発表させて頂きました。

togetterまとめ: http://j.mp/gansmry

上野発表動画: YouTube その1 http://j.mp/ganrec21 その2 http://j.mp/ganrec22

発表中はあがってしまい(そうは見えなかったかも知れませんが)、姉がもっと治療のそばにおり、私のうつが再発した後インターネットでスキルス胃がんについて勉強し、スキルス胃がんの患者さんやコミュニティとアクティブに接触していた事を一切語っていませんでした。

まるで全部一人でやっていたように発言していて、聞いていてくださった方にも、姉にも申し訳ないと思っています。

色々と発言の中で語り直したい部分は多いのですが、この程度にしておきますね(苦笑)。

今回、この語る会に参加させて頂き、しかも登壇までさせて頂きました。@yasuyukima さんはじめ、運営してくださった方々、USTチームの方々、来場者の方々、USTで見てくださった方々、twitterでコメントを下さった方々、ともかく全員に感謝の気持ちを伝えたいです。この発表で、やっと母が亡くなったという事実を自分の中で消化できました。

以下、のりおさんに文章起こしをして頂いたものです。こうやってみると思ったより「で、」とか「あー」とか「えー」とか多いですね(苦笑) のりおさん、ありがとうございました。

=====

(やすゆき:それでは次、上野さんですね。
       上野さんは実は昔の同僚なんですけども。
       えーっと、お母さんがガン。)
はい。
えっとまぁ、そうです。
上野初仁(はつひと)と申します。初めまして。
私の今回はがんを語るという会なんですけども母がガンということ


あるんですけども、私がうつだということと
併せてちょっとみなさんにお話したいと思います。
家族構成なんですが、うちの両親は豆腐やを営んでいました。
で、両親の間に私と姉が生まれて、ま、私と姉それぞれ、ま、連れ合いが
できました。
で、姉と義理の兄の間に甥っ子が一人いるというような状態です。
で、実家までの距離なんけれども、姉夫婦は実家まで10分で着くと
いうような所に住んでいます。
で、私と妻はですね、ま、これ、言っちゃうと、私が妻の家に
転がり込んだという、そういうことがありまして、実家まで2時間
かかるというような状態になっています。
ガンの発症前なんですが、私は持病としてうつ病と持っております。
当時は小康状態になっていて、通院とか服薬はしてませんでした。
で、ちょうど会社で大きなプロジェクトに入って陣頭指揮をとっていた
部分もあり、常に高負荷な状態にありました。
ですが、いつ、うつが再発してもおかしくな状態でした。
で、睡眠障害が始まって、睡眠導入剤ですね、をたまに服用するという
ような状態になっています。
で、両親のことについてですけども、毎年7月に1日人間ドックに通って
いて毎年若干の問題、例えば、あのプリン体がちょっと高いとか、プリン体
をもうちょっとどうにかしろとかというような話は出てたんです
けども、特にガンに関する所見は発見されてませんでした。
で、母方はいつも脳梗塞で無くなるような家系で、父方はガンによる
死因が多いと、ま、そういう遺伝的なものがありましたので、母は絶対
自分はガンにならないというふうに思い込んでました。
えー、ガンの発覚直前なんですけれども、ま、母が食べるのがものすごい
好きな母だったんですけれども、食事が喉を通らない、食べても量が食べ
れない、えー、食べた後に気分が悪くなると、いったような症状を訴え
始めました。
で、父や姉が再三「病院に行け」と告げるんですが、ま、胃薬を飲んでると
楽だから、ま、大丈夫だよと、いうことで病院に全く行きませんでした。
で、そのうち体がやつれてきてですね、ま、骨と皮だけの状態になってしまい
ました。
で、いくらなんでも問題があるんだろうと、いうことで通常の7月から4月に
早めてですね。人間ドックを受けたところ、えー、レントゲン検査と内視鏡の
検査でガンの疑いがあるというふうな所見が出て、問診できっとすぐ手術する
ことになりますというふうに言われました。
ガンが発覚しまして、紹介された病院に行き、早速検査をしました。
で、私と姉が付き添いで行って病院に行ったんですけれども、ま、検査の
途中で姉がいない場所で、主治医の先生からスキルス胃がんであると、あの
逸見政孝さんが受けたガンですね。
あのスキルス胃がんであるというふうに宣告を受けましたが、私はスキルス
胃がんであろういうふうにと思っていたので、あのうそれほどインパクトは
ありませんでした。
ただ、その後、姉が戻ってきて主治医から話を聞いた所、ま、失神しそうに
なった、ま、ふらふらっと倒れそうになるぐらいにショックだったそうです。
で、その時点で、結果は母に伝えませんでした。
で、別の晩にですね、主治医から改めて私と姉で説明を受けて、持って数ヶ月
それこそ3ヶ月程度かもしれないというふうに言われました。
で、その内容を父に報告をしてその時点では母に告知するのは見合わせること
になりました。
で、セカンドオピニオンを受けて、すぐにでも切るべきだろうと、いうふうに
言われました。
で、闘病開始されるんですが、ま、セカンドオピニオンではすぐに手術をする
べきだと出たんですけれども、えっと、母がとても手術を受けられる状態になか
ったんですね。
ま、体力が全くないと。で、体重、体力がない状態ですると、ま、それに
よって致死を招く可能性があると、もしくはその投薬を始められる時間が
後伸ばしになるので抗ガン剤治療ができなくなる可能性が高いと、いうふう
に言われて、事前投薬療法というものを受けることになりました。
これは、あの、手術をする前に、食後のTS1という抗ガン剤と2週に1回
投薬ですね。ちょっとこれはあの薬品名を失念してしまったんですけれども。
それを繰り返すと、いう療法です。
で、事前に投薬をして、ある程度体力が回復してからおなかをばっさり切る
という形です。
で、食欲がないとか、喉を通らないというふうに言ってたんですけども、無理
矢理にですね、飲むゼリーですとか、飲むカロリーメイトを飲ませて、体力と
体重とも回復の方向へ向いました。
一時はもう見た目全然そんなあの~、大病を患っているように見えない
ぐらいに回復をしていました。
この頃ですね、投薬で入院してた母に、ま、私と姉と、え~、父が付き添った
状態で、主治医からスキルス胃がんでありますということを母に告知をして
もらった。と、いうことになります。
手術なんですけれども、これはあの、事前投薬療法を行う場合は直前の
レントゲンとその途中のレントゲンを較べて、そのTS1が効いているかどうか
を測る必要があったんですけれども、本来するべきレントゲンを撮らなかった
という、ま、これはミスですね。完全な。
ミスがありました。
で、そのため事前投薬療法が効いてるかどうかが分からなくて、本来3回
行う投薬を1回で取りやめてすぐに手術という形になりました。
胃の全摘手術はうまく行って、見た限り他部位への転移はなかった。
で、術後も良好で退院後すぐにですね、ま、食事をいっぱい食べていた。
ま、あの、町内会で行った、あの~、食事会でみんなが多いともう量が
多くて食べれないと言ってるところで一人でぺろっと全部食べてたぐらいに
要はガンを取ったはずの、ガンじゃない、胃を取ったハズの人が胃がある
人よりも食べ物を食べてたと、いうような時期もあって、実は、開けてみたけど、
もう無理だから、と、そのまま閉じたんじゃないのと、というふうになんか
言われてたらしいんですけれども。
実際はそんなことはなくて、ま、切ったんだけれども、そのときはおいしく
食べれたんでしょうね。食べてたと。
で、また、姉夫婦が、ま、もともと出かけるのが好きなものだったので
うちの両親を、ま、毎週のようにですね、温泉だったりとか、イチゴ狩り等に
連れて行ってくれてた。いうことが術後あります。

で、私の病気が再発してしまうんですが、当時、自分が受けてたプレッシャー
というのが、主治医の言っていることを理解できるのは私だけ。
え~、理系の人間が私だけだったので、ま、要はなにかあったら必ずすぐ
に行かなきゃいけないと、で、仕事は大きなプロジェクトがピークと。
で、母の見舞いに行きたいけれども、ま、正直、土日体を休ませないと
あの、平日がもうついて行けないような状態だった。
で、ま、姉の方からももっと見舞いにくるようにせがまれてたというのも
あって、すごいプレッシャーを受けてました。
で、自覚をして心療内科に通い始めたんですが、そのちょうど次の週に
再発しまして、もう、ベットから起き上がれないような状態になって
しまいました。
で、その後、さらに体調が悪くなってですね、入院ですね。
閉鎖病棟と言われるような病院に入院することになりました。
で、週末は外出許可を、要介護者をもらって母の所に行きました。
ま、要介護者の介護者はうちの奥さんになるんですけども、奥さんに
毎週土曜日の朝に迎えに来てもらって土曜日の晩一泊をして、また、
日曜日の夕方に戻ってくるというような状態です。
ま、奥さんにはものすごい負担をかけたと、自分でも思ってます。
で、その後ですね。いいように見えてたんですけども、ま、母が胆管が
つまったということで黄疸が出始めてたんですけども、ま、胆管が
つまってるからカテーテルをつかってつまりを解消させる簡単な手術を
しましょうと、いうことで手術をしました。
で、実際、簡単な手術でうまくいったんですけれども、え~、この手術の
前日に病院に見舞いに行ったのがうちの母と会話をするのの最後に
なってしまいました。

え~、実際、母が亡くなったんですけど、胆管の手術はうまくいって
ほっとしてたんですが、次の日、母が強い腹痛を訴えて、腹腔内の
どこかからか大量に出血をしてそのまま危篤状態になってしまった
え~、完全な急変ですね。
で、ちょうどですね、病院にいたからよかったというのもあるんですけ
ども、そのままICU入りをしてですね、で、治療をうけた。
で、私の方の病院から奥さんに付き添いで外出許可をもらって、母の
病院へ行きました。
で、半日ICUの中で呼びかけ等をして看病したんですけれど、最終的には
自発呼吸がなくなって、ま、これ以上、延命はせずということで、臨終
となりました。
で、急変だったために先生の方が病理解剖をさせて欲しいということ
だったので、してもらいました。
え~、で、実際なにが原因だったかというと、肝臓に転移したガンが
はじけて出血をしていたそうです。
で、胆管のつまりをとる手術に関しては一切問題が無くキレイにつまり
がとれてた。いうことで、胆管の手術が原因ではなかったと。
いうことになります。

ま、クオリティオブライフについてはなんですが、ま、術後1年間、ま、
結局、3ヶ月といわれてたのが1年間生きられて、ま、その間ですね。
姉夫婦と旅行であるとか孫と遊ぶことができたりとかあと、豆腐屋も
店ができたために、ま、これは自分のエゴかもしれないんですが、
クロリティオブライフは、ま、高かったのではないかと思っています。

その後なんですが、通夜等を一通り済ませた後私は病院に戻りました。
ほんとは退院予定日寸前だったんですけども、1週間延ばしてもらいました。
で、病院を退院して、社会復帰をして現在も投薬治療中です。
で、母は、父はですね、母が亡くなった後忙しくしていたんですけども
一通り済むと急にやる事が無くなって老け込んでしまいました。
で、今は実家の方で元気に豆腐屋を再開しています。
で、母が亡くなって困った事というのは、ま、聞きづらかった事ですね。
どこになにがしまってあるのかとか、母の味のレシピがないと。
これはあの~、もう闘病生活に入っている人に対して、あのなにか、
例えば、カバンどこに入ってるの?と聞くことっていうのは、ナレッジ
トランスファーするっていうことは、イコールあなたは死ぬんだから私に
教えて下さいっていうふうに言ってることになります。
で、それでいま実際、困ってることはたくさんあるんですけれど、
ま、仕方がないからもう端から全部開けてってやっとなにかあったら
見つけたとかですね。
で、ほんとはあの~、母の味の肉じゃがが好きなんですけれども、それは
もう再現できないので、姉が似せて作ってるものを食べるんですけれども
やっぱりちょっと違うなぁというようなこともありました。

で、最後ですが、してあげたかったことなんですけども、あの、最後に
中華料理屋に一緒に食べに行ったことがあったんですが、そこで上海蟹が
食べたいと言ったんですけれども、ま、時期がちょっと悪くてオスしかない
ということで来年食べようよと言ってその場では食べなかったんですね。
で、食べなかったことによって、ま、上海蟹食べさせてあげたかったかなぁと。
で、本人も海外旅行したいと言ってたんですけども、それも無理だった。
で、ほかいっぱい、ま、してあげたかったことってあるんですが、ま、
叶わずというふうでできの悪い息子でした。
いうことになります。

(やすゆき:お母さんが亡くなったのは何歳でした?)

えーっとー、母が亡くなったのが63ですかね。ハイ

(やすゆき:で、実際、その1年ぐらいですね?ガンが見つかってから)

そうですね。はい。1年ちょっとですね。はい。

(ゆか:闘病してですね、母もわからないので自分で勉強するしかないんです
けれども、その症状がわかるのが上野さんだけということなんです
けれども、どのぐらいお母様にお話をされたんでしょうか?)

あ~。そうですね。あの~、結局、その投薬する順番であるとか
これをちゃんと食べてないとTS1で治療ができないであるとか、そういった
ことから、あとは体力をつけなきゃいけないとか、そういった所まで
含めて、最初から最後まで教えてあげないといけない。
で、姉も聞くんですけど、聞いてわかったふうなんだけど、実際に
母に説明できるとか父に説明できるとかまで理解はできてないので
結局、私が全部聞いて両親にも説明しなきゃいけないという状態でした。

(やすゆき:最初にその、ガンを告げられた時あったじゃないですか。
お母さんが具合が悪くなって、で、お姉さんがいないときに
上野さんだけ、こう告げたっていうか、お話をしたわけですよね。
それはやっぱなんか理由があるんですか?)

いや、で、私は、どうも先生は私のほうがそれに順応しそうだから

(やすゆき:耐えられそうだから)

耐えられそうだから、私のほうに先にいって、先生のほうには
姉には私から説明しますからって言ってたんですけど、先生
ぽろっと言っちゃったんです。(笑)
で、そのまま卒倒しかけて、顔真っ青になっちゃって、
ちびまる子ちゃんのスーっていうあの状態になってしまって

(やすゆき:で、その時は胃がんだっていうのが告げられて残りが余命
何ヶ月っていうのではないんですよね?)

えーっと、スキルス胃がんであろうと

(やすゆき:要はスキルス胃がんっていうのが致死性が高いっていうのがわかった)

私は知ってましたし、姉もちょっとは知ってたというので
あの逸見政孝さんがなった病気だっていうのをどうもそれで

(やすゆき:わかっちゃったわけですね。)

で、そうすると、結局、彼の場合はすべての臓器に転移の可能性が
あるものは全部取ってしまって、で、最終的にその後の予後が
悪くてすぐ亡くなってしまった。
それは後で、なんか裁判沙汰になったらしいですけど。

ま、うちの母に限っていうとキレイに胃の悪い部分だけ、ま、全摘
ですね。悪い部分だけとれたと。
で、胃の2/3がスキルス胃がんに冒されてたという状態でした。

(やすゆき:あのお父さん的にいうと、もうちょっと手前にいろんな検査とか
受けとけばよかったかなぁみたいなそういう反省とかあったり
するんですか?)

そうですね。もう、自分もあぁすればよかったかな。こうすれば
よかったかなというのはあるんですけど、やっぱり連れ添いが
なわけじゃないですか。そのうちの母。
だから、文句いいすぎたかなとか(笑)
あの、こんな店で一緒にやっててよかったのかな?とかも含めて
なんかいろいろこぼしてはいますね。
でも、なにかある度に、あれもしたかったね、これもしたかったね。
とは今でも、1週間に1ぺんは電話かけるようにしてるんですけど
で、父の方はそんな感じで言ってます。

(一般:あの、私も母がガンでまだ死んでおりませんけれども、乳がんを
わずらって一旦あの小康状態になってますけれども、えー、一回
手術をされて、スキルス胃がんと乳がんですからだいぶ違うかも
しれませんが、そのあと結局、肝臓にっていうのが、ごめんさないね。
全然責めてるとかそういうんじゃ決してないんですけれども、あの、
お姉様方とか、あの結局、転移されてることっていうのがおわかりに
なってなかったのでしょうか?)

えーっと、いえ、もう分かっていました。

(一般:あ、そういうことなんですね。)

結局、あの、手術の際に、あの、あれですね。リンパ節をとって、
で、リンパ節のほうにすでに転移をしてので、ステージ4ですか。
その状態ですので、今とれて、キレイにとれたけれども、リンパ節に
行ってるっていうことは他に散る可能性はあるよと、いうふうには
先生から言われていて、で、見た目はキレイにとれたし、リンパ節も
ある程度とれたと。
でも、どうなるかはわかんないっていうふうには言われてました。
なので、あの、散ってたと、いうふうに言ってますけど、先生はあの、
散るっていう、ガンは散りますって言って、腹腔内に散ってたというふうに
言ってましたけれど、それが検視をして頂いた先生は曰く、かなり
散ってたと。レベルとしては。
で、たぶん、お母さんはものすごい痛みを生じてただろうと。
痛みを生じてただろうけれども、みんなの前でそれを見せなかったっていう。
ま、そういう負けん気の強いところがある人だったので、まぁ、そう
いうふうなところで、本来、痛いハズの所を痛がらないようにしていた
ということがありました。

(一般:ありがとうございます。
そうしますと、あの家族としてはなにかこう注意をしてあげる、あるいは
注意を見てたほうがいいようなことというのはございますでしょうか?)

う~んと、そうですね。
私の場合は、実際に横に入れなかったのでわからないんですけれども、
ま、少なくとも、自分も鬱病なんですが、鬱病にしろガン患者の方にしろ
がんばってねっていうのっておかしいと思っていて、がんばってない
わけじゃないよ!だから、がんばってるんですよね。とか、がんばり
ましょうねっていうのはわかるんですけど、あの、頑張れっていうふう
に言われるのは私はなんかおかしい気がする。と。
ま、そんなようなのはありますけどね。

(一般:ありがとうございます。)

(やすゆき:今回、あの特に、本人ではなく家族の方として、家族の立場で
どう見るかっていうところがあるわけですよね。
はい。じゃ、時間も押してますので、上野さんでした。
どうもありがとうございました。)

拍手
普通のゲストOSとしてスムーズにCentOS5.4を入れられたものの、ネットワークアダプタなどを認識してくれない。こりゃドライバが必要なんだろうなと検索してみたらビンゴ。

今回は以下のサイトを参考にさせて頂きました。

CentOS 5.3 に Linux 統合サービス for Hyper-V をインストールする

1. Linux 統合サービスをダウンロードする

 以下のページからダウンロードができます。

 Linux Integration Components for Windows Server 2008 Hyper-V R2

ファイル名は Linux_IC_v2.EXE です。

2. Linux_IC_v2.EXE を展開し、CD-Rに焼く

Windows 7でファイルをダブルクリックすると「Linux_IC_v2.EXEは有効なWin32アプリケーションではありません。」と出てしまいます。Win7に対応している事をうたっているALZipで展開を試みましたが「未知の書庫です。」とエラーに。
それならと Windows Web Server 2008 R2 でダブルクリックしたら簡単に展開出来、"LinuxIC v2.iso"というファイルが出来たので、是をCD-Rに焼きます。

3. 必要なファイルを、CentOS5.4 DVDからインストールする。

# mount /dev/cdrom /media
# cd /media/CentOS_5.4_Final/CentOS/
# rpm -Uvh gcc-4.1.2-46.el5.i386.rpm ¥
          glibc-devel-2.5-42.i386.rpm ¥
          glibc-headers-2.5-42.i386.rpm ¥
          libgomp-4.4.0-6.el5.i386.rpm ¥
          kernel-devel-2.6.8-164.el5.i686.rpm ¥
          kernel-headers-2.6.18-164.el5.i386.rpm

4. CD-Rからファイルをコピーする

# mkdir /usr/local/src/LinuxICv2/
# cp -rf /media/CDROM/* /usr/local/src/LinuxICv2/

5. setup.pl の実行

# cd /usr/local/src/LinuxICv2/
# ./setup.pl drivers

Checking if required components are installed...done.
Updating Linux integration components (vmbus, enlightened ide, enlightened scsi and network drivers) for Hyper-V...
Building vmbus driver...done.
Building blkvsc driver...done.
Building storvsc driver...done.
Building netvsc driver...done.
Installing vmbus driver...done.
Installing blkvsc driver...done.
Installing storvsc driver...done.
Installing netvsc driver...done.
Updating module dependencies. This may take a while...done.
Installing various udev rules and scripts...done.
Updating initrd image...
        Backing up /boot/initrd-2.6.18-164.el5.img to /boot/initrd-2.6.18-164.el5.img.backup1
        Done. Updated /boot/initrd-2.6.18-164.el5.img
Updating grub conf file...
        Done.
Installing vmbus startup script...
Checking for new synthetic nics...
*** The drivers have been updated successfully. You will need reboot.***
6. reboot

# shutdown -r now

7. yumの設定変更

kernelを自動アップデートしない様に変更

# vi /etc/yum.conf

exclude = kernel-*     <追加

8. アップデート

# yum -y update

9. reboot

# shutdown -r now

iDCからCPANモジュール等ダウンロードしたいのにポートが埋まっててできない。

そんなときは".bashrc"に"export FTP_PASSIVE=1"を追加して、"source ~/.bashrc"でOK

そういえばやっていなかった事に気づいて備忘録代わりにエントリー


  1. ISOファイル化したいCDかDVDをドライブに入る
  2. "yum install cdrecord" すると、"readcd"コマンドが一緒に入ってくる
  3. readcd dev=/dev/cdrom f=filename.iso
これで実行したディレクトリに"filename.iso"という名前のISOファイルが作成されます

環境によっては"/dev/cdrom"がCD or DVD ドライブではないかもしれません。その場合は適宜読み替えて下さい。

MS SQL Serverを以前インストールしていて、削除したんだけどゴミが残ってしまいサービスからも、インストール済みファイルの中にも残ったまま。
いつもやっている

・エクスプローラからのファイルの削除
・レジスターの削除

でも、新しくインストールしたSQL Serverが正しく起動しないからインストーラがこける

サービス画面で「自動」や「起動」にしてもダメ、、、

で、ぐぐると登録されているサービスの情報を表示したり、削除できるツールを発見。その名も「sc.exe」

で、やってみた。

情報を見る:
> sc query MSSQL$SQLEXPRESS

SERVICE_NAME: mssql$sqlexpress
(以下略)

サービスを削除する:
> sc delete MSSQL$SQLEXPRESS

「sc query (サービス名)」「sc delete (サービス名)」 このサービス名は管理ツールのサービスで表示されるサービスのプロパティで確認可能。サービス一覧の画面で対象サービスをダブルクリックするとプロパティが表示されます。

この他にもMS SQL Server関連のサービスがあったのでガリっと削除。再度インストールをするとうまくインストールが出来ました。いやぁ、大変大変w。

今更ながらFlickr始めました。
まだまだ使いこなせてない感がたっぷりで、なんとなく左目と右目の間の外側あたりがこそばゆい感じ。

今更、Y!のアカウント取らないとだめだし、アップロード時に止まってしまう症状がWebでもアップロードツールでも起こってたり(これはNet環境によるものっぽい)
一番いやなのは、そこらへんのOpenソーシャルなWeb2.0的な物達に登録するたびに個人情報を取られ、登録するたびに友人を捜してインバイトするのが面倒。GmailのアカウントとIDを渡すと自動的に探してくれるってSNSがあったけど、すぐにGmailのアカウントを盗み取られるなんて事もあった。

そこでOpenIDを使いたいのに、本当に使いたいと思っているサービスは対応しておらず仮に後々対応したとしても、一旦アカウント消して改めてOpenIDで取ったアカウントに画像とか再アップロードとかしてらんないし。
起業がプッシュしているOpenIDの方法論は「顧客がOpenIDとは知らずにSSOできてる」&「囲い込み戦略」。うちら技術畑の人間にはわからない「顧客の安心感」というのも売りの一つ。(デパートの包装紙的な安心感と言ったら分かりやすいかな?
実際どのOpenID認証局を使うか迷った時は「有名起業が運用しているサービスだから」という理由で大手企業が自サービスで発行しているOpenIDアカウントを使う、なんて場面も増えそう。

でもそうすると、そのOpenIDアカウントの認証をするシステムが善人によってバグ一つなく運用されているか?という認証をする監査法人がまた必要になって、、、と堂々巡りになりそうなので、今日のところは思考停止しておきます(苦笑)

今までノウハウの無かったMySQLのチューニングに挑戦中。
まだ触り始めだけど、思ったよりもMySQL内部のキャッシュヒット率が高いみたい。

設定ファイルの見直しにはMySQLTunerを使いました。
負荷テストにはSuper Smackを使う予定です。

そろそろ自宅サーバから、amazon EC2にブログその他を移動させようかと。
とりあえずDynDNSを導入して様子見。

DynDNSは定期的に情報を更新しに行かないと、アカウントを止められてしまうので、その事前通知が来た。
これはいけないと思い、早速自宅サーバとamazon EC2上にddclientをデーモンモードで設定。昔一度トライして設定ファイルの面倒さで放り投げてたんですけど、いつの間にかUpdate Client Configuratorなるページが出来ていて、対象サーバとDynDNS Client (ddclient or inadyn)を指定して"Generate"ボタンを押すだけでパスワード以外の設定を全て埋めた物を作ってくれます。
その設定ファイルを指定の場所におきしばし待つ。すると最終更新日が今日に変更されたので、うまく行ってそう。
もうしばらく様子見ー

どんな感じなのかな?

さて、ちゃんと動くでしょうか?

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